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ナポレオン(続編)

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第六章.モントロン将軍

さらに時は経ち、1994年には モンペリエ大学の教授が「ナポレオンの暗殺者」という本を出版し、 ヒ素による段階的な毒殺説とともに、犯人を シャルル・ド・モントロン将軍(以下、モントロン)であるとした。 彼は5年間ナポレオンの侍従・友人として生活を送っていた。

第七章.犯人は誰か

ここでは、ナポレオンは何者かによりヒ素による中毒で 殺されたと仮定してみよう。犯人を 推測するために過去の調査ファイル 「プロファイリング」 もご覧頂きたい。 まず、最初に考えるのは「動機」だ。 殺す理由には通常、何らかの動機がある。 次に、「誰が」殺したのか考える必要がある。 これは動機と大きく結びついている。 今回は、人間関係を明確に 知ることは困難である。 そのため、教授が挙げたモントロンに的を絞って考えてみよう。

動機
殺人の動機は主として恨みによるものが多い。 モントロンはナポレオンに対して、何らかの恨みがあったのだろうか。 モントロンとナポレオンは主従関係にあったが、 10代の頃に友人として偶然出会っていた。 モントロンはナポレオンが性的に不能だと思っており、 自分の妻を共有しても良い という話を持ち出したところ、ナポレオンと(モントロンの)妻は性的な 関係を持ち、子供を出産した。(子供は翌年に死去)、 それならば、性的関係を持ったことで怒りを覚えたのかもしれない。 果たしてこれが、全ての原因なのだろうか。 また、モントロンはこれらのことを利用して、ナポレオンの遺産を目的としていた可能性もあるだろう。 事実、ナポレオンは遺書の中でモントロンに対して多額の遺産を与えることを明記していた。 また、モントロンはダルトワ伯から「始末しろ」という命令を受けていたという。

第八章.ヒ素による毒殺を裏付ける証拠

ナポレオンの看護師の日記から歯科医のフォルシュフードが毒殺を 疑い、全てが始まったヒ素による毒殺説。 立証するには 科学的に証明することも重要である。 イギリスのハウエル原子力センターは残された毛髪から ヒ素量などを割り出すことに成功した。 モントリオール大学(カナダ)の教授、ワイダー博士によると 毛髪のヒ素は外的なものではなく、 食べ物などに混入されて摂取した内的なものであったという。 ルイ・マルシャンの日記には 「ナポレオンは末期には寝室を歩き回り、寝場所をよく変えるようになった」 と記されている。このような行動は ヒ素の段階的投与による典型的な症状の一つであるという。

第九章.屋根裏から見つかった手紙

ナポレオンの残された毛髪からヒ素による中毒の可能性が 科学的にも証明された。

果たして、この犯人は一体誰なのか…

"それ"はモントロン家の館の屋根裏から発見された…

発見された時にはモントロン家は人手に渡り、買い取った家主が発見することになった。 実に、こちらも100年以上の歳月が経過したことになる。 発見されたのはモントロンと、先に帰っていた(モントロンの)妻 の手紙であった。 そこには 妻と暮らしたいためにナポレオンを重病にして フランスに送還するよう働きかけるつもりであったと記されていた…

その後、彼は薬局でヒ素を購入して、 ナポレオンに信頼された立場を利用した可能性がある。 モントロンはナポレオンの毒見係りでもあったのだ。 もちろん、ヒ素を購入する際にあたっては 監視役の最初に紹介したハドソン・ロー(イギリスの知事) の許可が必要だが、彼もヒ素をネズミ退治に 利用していた経験があったので、モントロンに許可を出していた。

最終章.ナポレオン毒殺の真相

フランスの英雄「ナポレオン」、 彼が仮にヒ素で毒殺されたのだとしたらその犯人はやはり侍従・友人であった モントロンであったのだろうか。 彼はナポレオンを殺す気があったのかどうかは定かではない。 発見された手紙で、彼はナポレオンを重病にし、フランスに返還する よう働きかけると妻に送っている手紙は真実だろうか…、 それならば 彼は単純に妻、故郷に帰りたいだけだったのだろうか。 それとも、ナポレオンの財産、 または、ナポレオンが妻と性的関係を持った恨みだろうか。 ナポレオンをめぐる謎は尽きない。 今までの仮説は重程度のヒ素中毒と仮定して 行ったが、別の報告によると当時の生活や、習慣から ヒ素の濃度からヒ素中毒と言い切るのは難しいともいわれている。 これらの報告を受け、フランス政府は モントロン家で発見された手紙は必ずしも暗殺を裏付けるものではないと発表した。 尚、ナポレオンの兄弟の5人のうち4人はガンで亡くなっているという…
補足 ナポレオンの死をめぐる仮説

ナポレオンの死をめぐる仮説としては、 モントロンによる毒殺説以外にも、 病死説、医療ミス説、政敵による暗殺説、 壁紙の顔料に繁殖したカビ毒素説などがある。
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